「漫画家やめたい」と泣いた夜をこえて。吉本ユータヌキさんが見つけた、仕事を楽しく続けるためのルール
「やりたいことを仕事にしたはずなのにしんどい」。
それって贅沢な悩みなんでしょうか。
とくに、好きな分野でフリーランスとして独立したものの、仕事が増えるにつれ納期に追われ、気づけば辛さが楽しさを追い越している…という声をよく耳にします。
漫画家として12年以上にわたり仕事を続けてきた吉本ユータヌキさんにも、かつては「漫画家をやめたい」と悩んだ時期があったそうです。
今回は、そんなユータヌキさんにヘルシーに働くための時間の使い方や、創作を楽しく続けるうえで大切にしていることを伺いました。
吉本ユータヌキ/漫画家
1986年、大阪生まれ大阪育ち。18歳から8年間活動していたバンドが解散し、サラリーマンとして安定を目指して歩み出した矢先に子どもが誕生。成長を残す目的で描き始めた漫画『おもち日和』が集英社のWeb漫画サイトで連載となり、後に出版デビュー。現在エッセイ漫画を中心に活動中。著書に『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』『あした死のうと思ってたのに』など。
仕事選びの基準は“自分の気持ち”を正直に描けるか
―― 漫画家以外にも幅広く活動されているユータヌキさん。今はどんな仕事をされているのでしょうか?
全体の8割は絵を描く仕事です。そのうち半分は自分の内面から湧いたテーマで描く創作漫画で、あとは書籍の挿絵や内容を要約した四コマ漫画や、実際に体験したことをもとに感想を描く企業のプロモーション漫画など。最近は、難しいテーマをわかりやすく伝えるような依頼が増えていますね。
残りの2割は、「パーソナル編集者®︎」として個人の発信を支える仕事です。1対1のセッションや作品へのフィードバックを通して、文章に自信がない方や表現に悩む方のサポートをしています。
―― さまざまな仕事の依頼があるなかで、仕事を受ける基準は何ですか?
いちばん重視しているのは、「自分の気持ちを素直に表現できる仕事かどうか」です。僕は、自分の絵に特別自信があるわけではありませんが、心の機微を描くことには自信があります。
だからこそ、広告やプロモーションの仕事でも、本当に関心があるものや実際に体験して良かったものだけをお受けして、僕らしく魅力を伝えられたらと思っています。「ユータヌキさんにこそ描いてほしい」と言ってくださる依頼は、すごくうれしいですし、全力で応えたいです。
依頼者の方のSNSでの発信やサービス内容などを見て、「この人と仕事がしたい」と感じれば、もともと興味がなかったジャンルでも、「やってみたい」と思うこともあります。
―― ちなみに、ユータヌキさんはご自身の強みをどんなきっかけで実感できたのでしょうか?
もともと強みはわからなかったんですよ。でも、仕事を受けるたびに「なぜ僕に依頼してくれたのか」「何を期待してくれているのか」を聞いていくなかで、多くの方が「ユータヌキさんの漫画は、細やかな感情が伝わってくる」と言ってくれたんです。
振り返ると、僕のもとには自分の気持ちを描く漫画だったり、誰かの想いを汲み取って表現したりする仕事が自然と集まっていました。
それでようやく「自分は気持ちを描くことが強みで、それを求められてるんだな」と気づきました。強みは自分の中に最初からあるものではなく、誰かに期待されたり、感謝されたりすることのなかにあるんじゃないかな。
「漫画家やめたい」コーチングで気づいた自分の本音
―― もともとサラリーマンとして働いていたそうですが、漫画家になるまでの経緯が知りたいです。
20代のころはバンド活動をしていたのですが、8年の活動の末、26歳のときに解散してしまって。生活の安定のためにサラリーマンになってからも、今まで応援してくれていた人たちに何かを発信し続けたくて、ブログを始めたのが漫画を描くようになったきっかけです。
もともとブログで絵は描いていませんでしたが、小学生のころから絵を描いたり、友達と一緒に漫画を描いたりするのが好きだったんです。それで、「もっと読んでもらえたらいいな」と、挿絵を描くようになったら思いがけず好評で。
そこから少しずつ挿絵の仕事をいただくようになって、次第に四コマ漫画や1ページ漫画、長編漫画…と依頼が増えていきました。生活のために、仕事は基本的に全部引き受けて必死で描いていました。
サラリーマンをしながら漫画を描いていた当時は、周りが結婚したりマイホームを建てたりと、自分だけ社会に出遅れているように感じ焦りがありましたね。次第に、どんどん追い込まれていきました。
―― noteで「漫画家やめたい」と描かれていたのが印象的でした。

漫画を描き始めた2015年ごろに娘が生まれ、思い出づくりとして子育てエッセイ漫画を始めたころは順調だったんです。当時は父親目線の育児漫画が珍しかったこともあり、ありがたいことに多くの反響と仕事の依頼をいただいて、数年間は忙しく描き続けていました。
でも、5、6年経つころにはほかの漫画家さんの子育てエッセイ漫画も増えてきて。SNSなどでは「子どもを題材にすること」へのさまざまな意見や議論も繰り広げられるようになっていました。
さらに、コロナ禍で企業のプロモーション漫画の仕事が一気に止まりました。そのタイミングで第3子も生まれて、家計的にも精神的にもかなり追い詰められていましたね。
そうした状況で、「描きたいテーマ」が見えなくなったんです。「本当に自分は漫画を描きたいのか?」「誰からも期待されてないのかも」と立ち止まりました。完全に自信を失っていたんです。
もともと「ずっと漫画家を続けていける」とも思っていなかったので、本気で転職を考えました。
―― 気持ちが沈むなか、どのようにして再び漫画として活動を続けられるようになったのでしょうか?
当時、所属していたエージェントの方に「悩んでいるなら」と勧められてコーチングを受けることになったんです。
実際コーチングを受けてみると、コーチはほとんど何も話さないんですよ。僕の言葉に対して、ただ静かに反応してくれるだけで。でも対話の中で、「あれ、これは自分の本音なのか?」と気づく瞬間が何度もありました。
そこでわかったのは、これまでずっと「期待に応えること」だけを目的にして動いてきたということでした。そこからようやく「じゃあ、自分が本当にやりたいことはなんだろう?」と、初めて自分の声を聞くようになったんです。
コーチングは、自分の内側と向き合うきっかけをくれました。内省をして自分が発信したいテーマや仕事を選ぶ基準が徐々に生まれたことで、「漫画家やめたい」を脱出できました。
仕事は7割、余白は3割。燃え尽きないための工夫
―― 創作を長く続けるには、働き方の工夫も大事だと思います。ユータヌキさんは、日々どんなことを意識していますか?
仕事は、稼働時間の7割でできる量にとどめて受けるようにしています。フリーランスでありがちなのが、仕事を詰め込んでしまい、燃え尽きるパターン。僕も昔はそうでした。でも、体力的にも精神的にもいつか限界が来るんですよね。
だから今は、残りの3割を「休息」と、新しい活動や発信をする「種まき」の時間としてあらかじめ空けておくようにしています。noteを書いたりパーソナル編集者®︎の仕事をしたり。
余白は僕にとって“セーフティーネット”なんです。もし今のメインの仕事がなくなっても、3割の時間に蓄えていたものが支えになるように、つねに「万が一」に備えた働き方をしています。
それに加えて、自分の受けたい仕事だけを受けて、報酬についてもきちんと交渉するようになりました。「生活するにはこの金額が必要です」と自分から伝えるようにしています。
稼働時間を7割と決めているからこそ、依頼した側に「ユータヌキさんに頼んでよかった」と思ってもらえるように、成果にはこだわります。自分にしか出せない個性や表現を意識しながら、選ばれる理由を築くようにしていますね。

―― やりたいことを仕事にしていても「今日は無理だ…」と思う日もありますよね。そんなときはどうされていますか?
やりたくないと思う日はめちゃくちゃあります(笑)。とくに雨の日や気圧が下がっている日は、頭が働かないこともあって。
だからこそ、働き方自体に“余白”を組み込んでいるんです。たとえば2週間に一度、作業の調整日を入れたり、後回しにしていた対応やSNS投稿の準備をしたり。
最初から「完璧に働ける日ばかりじゃない」と想定して、働き方に余白をつくることで、続けられていると思います。
―― ユータヌキさんの作品のなかで、「余白の時間」を大事にしていたからこそ完成した作品はありますか?
あります! たとえば、2人の若者のエピソードを描いた『あした死のうと思ってたのに』や、まんまるな猫を取り巻く物語『まるねこププと』に収録された作品は、いずれも「余白の時間」に描いたものです。

結果的には書籍になりましたが、どちらも自分が「これを描きたい」と思って描いた、自分のための創作でした。
とくに『あした死のうと思ってたのに』は、自分の過去やネガティブな感情と向き合いながら描いた作品で、とても思い入れがあります。通常の仕事の中ではなかなか出しにくいテーマだからこそ、余白の時間がなければ生まれなかったと思っています。
余白の時間こそ心の底にある本音と向き合え、本当に描きたいものを生み出す源になっています。
―― ほかに、創作が重たく感じるときに気持ちを切り替える工夫はありますか?
生活のための「ライスワーク」をしていると、正直気持ちが乗らないこともあります。そんなときは「子どもに何か買ってあげたい」「いつか自宅にスタジオのような空間を作りたい」といった、自分や家族の“未来のやりたいこと”を思い浮かべるようにしています。
ライスワークも夢を実現するための手段だと考えると、気持ちの持ちようが変わるんですよね。目の前の仕事に意味が生まれて、前向きに頑張れるようになりました。
好きでもしんどいことはある。今の気持ちを受け止めて
―― 最後に、好きなことをうまく継続されているユータヌキさんから、好きで始めた仕事が少し苦しくなっている方に向けて、メッセージをください。
好きでも続けるのがつらい。とてもよくわかります。さっきもお話したとおり僕も同じです。
でも、「もう好きじゃないのかもしれない」「続けるのがしんどい」と思うことは、そんなに悪いことじゃありません。大事なのは「今はそう感じてるんだな」と、一時的な感情として受け止めてあげること。
無理に続けなくてもいいし、いったん手放してもいい。完全に終わりにするのではなく、一旦脇に置いておくんです。時間が経てば、また自然と「やってみようかな」と思えることもあるので。
あとは、「過去の捉え方は、今からでも変えられるかもしれない」と伝えたいです。当時つらかった経験も、未来の自分が振り返れば「必要な出来事だった」と思えるかもしれません。だからこそ、焦らずに「今はこういう時期なんだな」と受け止めて、自分のペースで歩いてほしいです。
全部がすぐに報われるわけじゃないけれど、いつか意味のあるものとして返ってくると僕は信じています。
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たとえ今思うように動けなくても、気持ちを受け止めることで、未来につながることがあります。好きなことを仕事にしたのにうまくいかない、続けるのがつらいと感じるときこそ、自分に正直になることが大切です。
ユータヌキさんの漫画にも、そんな自分との向き合い方が描かれています。「苦しい」と思う気持ちを受け止めながら、前を向いていくためのヒントが描かれているので、ぜひ読んでみてくださいね。
▼吉本ユータヌキさん初のエッセイ集、『「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間』の詳細はこちら
〈取材・文=石田千尋/編集=徳山チカ・いしかわゆき〉

