「書く・聞く」キャリア

脱サラ2年。普通の会社員だった彼が「シンプル思考」で出版とコミュニティ作りを叶えるまで

井上未奈子

「『夢』を実現するために必要なことって、意外とシンプルだと思うんです」

そう話してくれたのは、脱サラ後わずか2年という短い期間で「電子書籍出版」と「コミュニティの立ち上げ」を実現した、間宮まさかずさん。

普通の会社員だった間宮さんが、フリーランスとしてどのように夢を叶えていったのでしょうか。その軌跡を辿りながら、「やりたいこと」を実現する方法を教えていただきました。

間宮まさかず/取材ライター・広報PR

1986年生まれ。会社員として飲食業に7年、電気工事施工管理に7年従事。副業でライター業を始め、2023年にフリーランスライターとして独立。現在は企業の広報記事や取材・インタビュー記事を中心に執筆。オンラインコミュニティ&メディア『夢つむぐ学校』代表。著書『しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」』は、Kindle新着24部門1位に。

XnoteInstagramFacebook

14年の会社員人生を辞めて、フリーランスになったわけ

―― はじめに、これまで間宮さんがどのような仕事をされてきたのか教えていただけますか?

飲食業界に7年、電気工事の施工管理の会社に7年勤めました。

電気工事会社員時代には副業でライターを始めて、2023年にフリーランスライターとして独立し、今日にいたります。

―― 飲食業、電気工事の施工管理、ライターとはまったく違う職種を経験されてきたのですね。

飲食業界に就職したのは、大学在学中によく行っていたカフェの店員さんがかっこよく見えて、飲食店でアルバイトを始めたことがきっかけです。そのうち、「将来は自分のお店を持ちたい」と憧れを抱くようになりました。

飲食の仕事にはやりがいを感じていましたし、働いていて楽しかったのですが、結婚して子どもができてからは、働き方について悩むようになって…。

昼頃に出勤して、深夜に退勤。不定休なシフト制に加えて、土日はなかなか休めません。これでは子育てに参加できないし、妻に負担をかけてしまうと思いました。

―― お子さんが生まれたことで、働き方に悩みはじめたのですね。

そうです。それで、子育てに参加できる環境を求めて転職したのが、電気工事の施工管理会社でした。

転職してすぐは、家族との時間が取れるようになって喜んでいたのですが、仕事を任されるようになるにつれ、帰宅時間が遅くなったり、イレギュラーが起きて休日に出勤しないといけなくなったり。結局また、働き方にモヤモヤを感じるようになってしまいました。

―― そこからどのようにフリーランスに…?

コロナ禍で入会したコミュニティで、フリーランスとして働く人たちと交流するようになり、「フリーランスで働く」という選択肢が生まれたことがきっかけでしたね。

さらに、コミュニティ内で「間宮さんの書く文章、いいですよね」と褒めてもらうことが何度かあったんです。そんな言葉に背中を押されて「ライターなら自分にもできるのかも」と、副業でライターの仕事を始めました。

―― 本業を続けながらの副業は大変ですよね…。間宮さんはどのようにライターの仕事を獲得していきましたか?

最初はクラウドソーシングを活用して案件に応募していましたが、なかなかいい返事をいただけなくて…。同じころに始めたnoteで、とある記事制作代行会社から「いいね」をいただいたんです。

その会社は、企業から依頼を受けたSEO記事の制作を外部ライターに発注している会社で。怪しい感じもないし「これはチャンス!」と思って、正式に応募して業務委託契約を結びました。

会社から紹介してもらった案件にはどんどん手を挙げるようにして、着実に仕事を受注できるようになっていきましたね。

――能動的にチャンスを掴みにいったんですね! 副業からフリーランスに切り替えるのには勇気がいると思うのですが、決め手になったものはありますか?

当初は、副業の収入が本業の収入を超えたら独立しようと思っていました。でも、現状のままでは難しいことは明らかでした。

もともと本業が忙しいのもあって、思うように副業に時間を割けていなかったんです。「ならいっそ、本業の時間を全部執筆にあててしまえば、なんとかなるんじゃないか?」と、ふと思って…。

完全見切り発車で、フリーランスになることを決意しました。今思うと、少し無謀だったかもしれませんね(笑)。

脱サラ2年で出版とコミュニティ創設を成し遂げた、その軌跡

―― 間宮さんは独立されてからわずか2年の間に、電子書籍の出版と『夢つむぐ学校』というコミュニティをつくられていますね。まずは書籍を出版することになった経緯を教えていただけますか?

副業を始めたころから、朝起きてすぐ自分が今考えていることや悩み、やりたいことを言語化してノートに書くことを習慣にしていたんです。

ぼくは、その時間をとても大切に感じていて、「これはきっと、子どもにとっていい習慣になるはず」と思っていました。

でも、子ども向けに書かれた「書く習慣」の本が案外どこにもなくて。「だったら、自分で書こう」と思い立ったのが、『親子の書く習慣』という本を書こうと思ったきっかけです。

ライターを始めたとき「いつか自分の本を出したい」と、漠然とした夢を描いていたので、「親子の書く習慣」のアイデアを思い付いたときは「これだ!」と思いました。

その後、電子書籍出版をサポートしてくれる方に「こんな本を出したい」とDMを送り、執筆活動が始まりました。

―― すごい行動力ですね。本を出版するにあたって、大変だったことはありますか?

ライターとは言え、本を書いたことはなかったので、とにかく執筆が大変でした。

ぼくの誕生日の7月17日に出版しようと決めて、逆算してスケジュールを組んだのですが、まったく予定通りにいかなくて…(笑)。通常のライター業務と並行して必死に書き進めましたが、最終的にスケジュールに追われてパニック状態でした。

実際に納期が遅れる案件も出てきてしまい、クライアントに迷惑をかけてしまう場面もありました。でも、最終的には自分のなかにあった「親子で書くことの価値」をきちんと整理し、言語化できたので、この本を書いて本当に良かったなと思っています。

―― その後、コミュニティ『夢つむぐ学校』をつくられたのですね。

「コミュニティをつくりたい」という想いの原点には、過去の自分の経験があります。ぼくはオンラインコミュニティでいろんな働き方の人たちと出会って選択肢が増えたからこそ、フリーランスにチャレンジできたと思っているんですよ。

だから、子どもたちにもいろいろな生き方をしている人と出会う場所があったらいいなと思っていました。そんなとき、目標達成までの道筋を明確にするワーク「マンダラチャート」をつくる機会があって、気がついたら真ん中に「夢を育む学校をつくりたい」と書いていた自分がいました。

この言葉がストンと胸に落ちてきて、「これ、めっちゃやりたいな!」と思ったことが、コミュニティの始まりです。

―― マンダラチャートの言葉が、のちにコミュニティという形になるんですね!

その後、はじめて1人で海外ワーケーションに出かけたときに書いたnoteが、さらに一歩を踏み出すきっかけになりました。

私には「コミュニティをつくる」という夢があります。
私には「コミュニティをつくる」という夢があります。

これを読んだ元noteディレクターのみずのけいすけさんから、ご自身がパーソナリティーを務める『こたつラジオ』に出ませんか? と連絡をもらって。

ラジオのなかで、「間宮さん、いつからコミュニティやりますか?」「こうなったらもう、ここで宣言しちゃいましょう」と、みずのさんからすごく背中を押してもらったんです。

ぼくもずっと「宣言して、退路を断つ」スタイルでやってきたので、「来年の1月から始めます!」と宣言して、またもや無計画でスタートを切りました。

―― 宣言して、退路を断つ。思い切りましたね!宣言されたあとは、どのようにコミュニティを作り上げていったのでしょうか?

コンセプトに共感してくれた友人に相談しながら、アイデアを固めていきました。ほかのコミュニティの運営方法や導線、設計を調べ、コミュニティの形態やプラットフォームを決めていきましたね。

すべてが手探り状態でしたが、当時は「やってみないとわからないこともあるし、とりあえずやってみよう」という気持ちが大きかったです。

―― コミュニティを立ち上げてから、苦労したことや大変だったことを教えてください。

勢いだけで始めたこともあり、「思っていたものと違いました」とコミュニティを去っていく人が出てきてしまったことですね。

自分の力不足を痛感して、挫折感を味わいました。

―― 最初は思うようにいかなかったんですね。その状況はどう乗り越えていったのでしょうか?

あらためてこのコミュニティは、「なにを目的に運営するのか」「具体的になにをやっていくのか」「どんな人のためにやっていくのか」を考え直しました。

『夢つむぐ学校』のコンセプトは、「人に出会い、夢を育む」です。いろんな人と出会う場所にするという想いは、ずっと変わりませんし、「新しい時代の自由な学校をつくろう」というビジョンも明確でした。

ただ、コンセプトやビジョンを達成するためになにができるのか、方向性が不透明のままだったんですよね。自分たちに足りない部分に気づいたので、その後はコンセプトやビジョンを浸透させるためのアクションを増やしていきました。

夢を叶える方法は、意外とシンプル。「やる」と決めてアクションを起こすだけ

―― 「宣言して、退路を断つ」のが自分のスタイルだとおっしゃってましたが、これまでもずっとそのマインドでやられてきたのでしょうか?

全然!(笑)会社員のころは、副業はおろかSNSで発信することさえ、めちゃくちゃビビってたんですよ。いつも“やらない理由”を考えていたので。

でも、副業を始めたり、フリーランスになったり、電子書籍を出したり、海外ワーケーションに行ったり…。チャレンジを重ねていくなかで、少しずつ「やればできる」と感じるようになっていきました。

――間宮さんの一つひとつの経験が、夢を叶える原動力になっているんですね。

「夢」という言葉には、手の届かない壮大なイメージがあるかもしれません。でも、「夢」を実現するために必要なことって、意外とシンプルだと気がついたんです。

海外にワーケーションに行きたいなら、日程を決めて飛行機のチケットを取る。電子書籍を出したいなら、出版のサポートをしてくれる人に依頼してみる。コミュニティを始めたいなら、プラットフォームを決めて申し込みフォームをつくってみる。

やりたいことをただ思い描くだけじゃなくて、具体的なアクションを起こしていけばいいんだと気がつきました。

心配や不安は、どんなフェーズにいっても完全に消えることはありませんし、結局やるかどうかなんだなと。そう気づいてからは、「自分で退路を断って、やらざるを得ない状況にもっていく」というスタイルに変わっていきました。

―― そんな間宮さんがこれから先、目指したいことを教えてください。

『夢つむぐ学校』を、もっと大きくしていきたいですね。

日本国内だけではなく、海外の人たちも巻き込んで交流ができたら、もっと楽しいコミュニティになると思うんです。

参加者にとって安心して参加できるコミュニティであることは大前提ですが、国境を超えて交流できる場所にできたらいいなと思っています。

―― 海外まで広がるコミュニティ、すてきです。最後に、「夢」や「やりたいこと」はあるけれど、一歩踏み出せずにいる方にメッセージをお願いします。

「結局やるかどうかだよ」と伝えたいです。

もちろん、すべてうまくいくとは限りません。でも、リスクを考えて足踏みしてても結局なにも変わりませんし、不安や心配はずっと消えないと思うんです。

ひとつ進む道を変えても、それが人生最後の選択ではないですし、もし仮にうまくいかなかったら、引き返せばいい。ぼくだって、立ち行かなくなったら、また会社員になるかもしれませんし(笑)。だから、「夢をどうか諦めないでほしい」と伝えたいですね。

それでも「できない」と思うなら…「やる」と宣言して、後に引けない状況を無理やりつくっちゃいましょう!

―― 「宣言して、退路を断つ!」ですね。ありがとうございました。

***

間宮さんが歩んできた道のりを振り返りながら、「夢」や「やりたいこと」を形にする方法を伺いました。

「宣言して、退路を立つ!」という座右の銘や、「心配や不安はどんなフェーズでもなくなることはない。結局、やるかどうかなんだ」という言葉がとても印象的でした。

あなたも勇気を出して“挑戦”してみませんか?

きっとその先には、挑戦した人にしか見ることのできない景色が広がっているはずです。

▼間宮まさかずさんが立ち上げたコミュニティ、『夢つむぐ学校』の詳細はこちら

〈取材・文=コッチ / 編集=はせがわみきいしかわゆき

インタビュー・編集・広報が学べる実践型スクール

Marbleスクール

Marbleスクールは年2回(2月・8月)開講予定です。

募集開始は公式LINEにてお知らせ!

また、ウェイティングリストにご登録いただいた方に、応募開始時のお知らせやお得なキャンペーン・割引のご案内をしています。

記事URLをコピーしました