私自身が、生きづらさの当事者だった。ライター・安心院 彩さんが「社会のために書く」と決めた理由
在宅ワークやリモートワークが働き方のひとつとなったことや、副業を推進する風潮が後押しとなり、「書く仕事」に挑戦する人や興味をもつ人が増えています。
文章を扱うライターはこれまで身につけてきたスキルを活かしやすいぶん、最初の一歩が踏み出しやすい職種です。その一方で、「興味関心のあるジャンルで書けない」「なかなか仕事に繋がらない」と悩む方も多いのではないでしょうか。
今回取材したのは、未経験からライターを始め、今では大手メディアでビジネス系から著名人インタビュー、社会課題領域に至るまで、幅広い領域で取材執筆を任される取材ライターとなった安心院 彩(あじみ あや)さん。
彩さんはどのようにライターとしてキャリアを広げたのか。「未経験から社会課題を扱うライターになるまで」をテーマにお話を伺いました。
“当事者”になった経験から、社会課題を扱うライターに
――まず、彩さんがライターになるまでのキャリアについて教えてください。
新卒で損害保険会社に就職し、保険代理店・社内向けの研修企画や登壇など、さまざまな仕事を担当しました。約6年間の会社員生活は、上司や先輩、同期に恵まれ充実した毎日でしたが、激務で体調を崩してしまい退職することに。
1年間ほど秘書業務を経験したのちに、オンラインスクール「SHElikes」に入会しました。デザインやマーケティングなど、一通りのWebスキルを学ぶなかで、特に夢中になったのがライティングです。
現在は取材ライターとして、障害福祉やメンタルヘルスなど社会課題領域の記事を中心に執筆したり、企業のコンテンツ制作支援を行ったりしています。

――ライターになるまで、紆余曲折があったのですね。彩さんが社会課題領域に関心を持った背景を教えてください。
理由はふたつあります。ひとつ目は、学校での学びが社会課題への問題意識の目を養ってくれたことです。
私が6年間在籍していた中高一貫私立校では、教育理念である“For Others (他者のために)”に沿った授業が充実しており、ボランティア活動の話を聞く時間や、社会課題についてディスカッションする機会がたくさんあったんです。
「私たちが当たり前に享受する幸せは、どんな土台の上に成り立っているのか?」を同じ視点でともに考えられる同級生に囲まれた生活が、私の価値観の根幹を作ってくれました。
ふたつ目の理由は、私や家族が生きづらさの当事者となったことです。中学生のとき、父が仕事のストレスでメンタルのバランスを崩し、長期間寝込んでしまうことがありました。当時は今よりもメンタルヘルスに対する理解も進んでおらず、少なからず偏見がある人もいたかもしれません。そんな状況で、母も私も誰に相談すればいいかわからなくて。学生時代の親しい友人にも打ち明けられず、苦しかったですね。
数ある社会課題のなかでも、福祉領域——特にメンタルヘルスなど生きづらさに関わるテーマに向き合いたいと思うのは、当時自分たちにまったく情報がなかったから。
あらゆる私を取り巻く環境から、自然と社会課題への興味関心が高まったのだと思います。
初心者の壁を乗り越えた「アグレッシブ営業」とは?

――彩さんは、ライティング未経験からフリーランスのライターになったのだとか。不安はなかったのですか?
もちろん、不安はありました。実は、石橋を叩き割ってしまうほどの慎重派なんです(笑)。一方で、好奇心旺盛で興味を持ったらぐいぐい突き進んでいく一面もあります。そんな特性もあり、最初は「できるかどうかは、やってみないとわからない!」と“見切り発車”で行動していました。
当時は、異業種から完全未経験でライターになったロールモデルも見つけられず、まわりを見渡せば出版社出身など、すでに書くことで生計を立ててきた方ばかり。
正直なところ「フリーランスになるしか選択肢がなかった」というのも、一歩踏み出せた大きな理由です。コロナ禍で就職活動が思うようにいかないなか、生きていくためには自分で仕事を作るしかなかった。今思えば無謀な挑戦でしたが、「ライティングで食べていこう」と腹をくくりました。
――未経験から仕事を得るのは難しいように思います。どのようにライターのキャリアを広げたのでしょうか?
ほとんど実績がないころから「アグレッシブ営業」と称して、積極的に活動をしていました。
――アグレッシブ営業?
「ダメでもくじけない!」をモットーに、できることは全部やるというか…。
積極的にライター関連のコミュニティやイベントに参加して、出会った人にやりたいことを伝えたり、恥ずかしがらずに目標を話したりしていました。たとえ今の実力に見合っていないとしても、「〇〇さんに取材するのが夢」「あのメディアで書きたい」など、言葉にすることが大切だと思って。
ほかにも、SNSで目標を宣言したり、憧れのメディアや人が関わるイベントに参加して感想を投稿したり。すぐに仕事に繋がらなくても、数年越しにご依頼をいただくこともありましたね。
――行動量がすごい…。とはいえ、実績がないなかでお仕事をいただけるものなのでしょうか?
実績がなければ自分で作ってしまえばいい、と思います。
スクールのコンペに応募したり、友人に頼んで取材をさせてもらったり。自分が書きたいメディアのトンマナやペルソナを研究し、「どんな記事が書けるのか」を編集部が具体的にイメージできるような記事を作り込むようにしていました。
想いを伝えるだけでは「誰やねん!」となってしまうので、謙虚さは捨てずにできることをアピールするのを大切にしていましたね。
――お金をいただくような実績がなくても、営業をかけることができるんですね。
そうですね。取材ライターは“総合格闘技”のような職業とも言えると思っていて。自分の実感として、ライティングスキルや知識はもちろん、これまで別の業界で培ったキャリアや経験が全部活きる仕事じゃないかなって。
たとえば、相手の言いたいことを汲み取ったり、言葉を引き出すために一歩踏み込んだり。社会人として当たり前に行っている動作も自分をアピールする材料になりますよ。
あとはポートフォリオをもとに、メディアの問い合わせフォームにメールを送ったり、XやWantedlyのライター募集に応募したりしながら、メディアに合わせて企画も添付していましたね。
当時応募したことをきっかけに、公益社団法人アニマル・ドネーションにて今も5年ほど継続して記事を執筆しています。駆け出し時に自分が書きたいジャンルで実績を積めたことが、その後のお仕事にもつながりました。

――営業でお仕事を獲得したあと、実案件で大切にしていたことはありますか?
“仕事がしやすいライター”だと思ってもらえるよう意識していますね。赤入れが入ったら修正の意図を汲み取って次の原稿では必ず反映させたり、頼まれなくともアポ取りや企画出しなどの仕事を巻き取ったり。原稿のクオリティはもちろん、細かいやり取りにも気をつけるようにしています。
誰も傷つけない言葉を紡げるか。社会課題領域で書くことの難しさ

――ライターとして、社会課題を扱う難しさはどのようなところにありますか?
誰も傷つかない表現で取材をし、記事にすることを意識していますが…やっぱりすごく難しいですね。
取材時には、どこまで踏み込んで質問をしていいのか悩みます。寄り添って取材をする一方で、言葉を選びすぎるとかえって失礼になることもありますし。考えれば考えるほど、言葉に詰まってしまう場面もありました。
きっと多くの方が勇気を出して取材を受けてくださっているので、執筆時には、適切な表現や言葉遣いで書くことに細心の注意を払っています。ときには、「一生誰にも話さないで自分のなかで留めておこう」と思っていた話を聞かせてくださることもあります。
その気持ちをないがしろにするような記事は、絶対に書きたくありません。一方で、メディアとして生の声を広く届ける必要性も理解しているので、配慮ある表現とどう両立させるのか、時には編集部と対話を重ねながら、いまも模索しているところです。
――メディア・読者・取材対象者をつなぐライターだからこその苦悩のように感じます。そうした難しさを払拭するために意識していることはありますか?
世の中にアンテナを張り、知識をアップデートするために勉強しつづけています。関わる領域の記事や書籍、物議も含めたSNSでの関連投稿をチェックしたり、時事問題に目を向けたり。年齢や性別、国籍を問わず多くの属性の人と話すことで、自分のなかの「当たり前」を常にアップデートしていくのも重要です。
また、表立って見えている世界や普段使っている言葉が「正解」であるとは思い込まず、つねに疑い続ける姿勢も大切にしています。日々のインプットで固定観念を取り払い、偏見のないフラットな視点を取材や執筆に活かしています。
ひとつの記事で社会は変わらない。それでも書きつづける理由
――扱うテーマによっては心無い意見も届くかと思います。それでも、社会課題と向き合うライターでいたい理由を教えてください。
必要な人に必要な情報を届けたいからです。先述のとおり、私や家族がメンタルヘルスの問題に直面した際は、誰にも打ち明けられず、なかなか情報を得られませんでした。私が社会課題という難しい領域に向きあうのは、自分が10代〜20代のときに感じた社会への疑問や違和感が根底にあります。
「こういう情報や居場所がほしかった」「家族関係、メンタルヘルスの問題や悩みを吐き出す場所がなかった」という義憤が、ライターとして社会課題に関わる原動力となっているんです。
正直、社会課題の根深さを知るほど無力感に苛まれることもあります。それでも、取材した方からの「この記事は宝物です」「あなたに取材してもらえてよかった」という言葉や、当事者の方からの感想が励みになり、今でも記事を書きつづけられています。
社会が変わるには時間がかかります。そのことを前提に、記事を通して情報を多くの人に伝えたいですね。しんどくても諦めずにこの領域に向き合おうと思えるのは、同じ志を持ってともに闘う仲間と心で連帯しているからです。そして、一歩ずつでも確実に、社会が前進している手応えを持てているから、かもしれません。
誰もが明日、社会的支援が必要な「マイノリティ」になる可能性がある世の中で、私にできるのは支援先などに関する正しい情報を伝え、選択肢を広げることだと考えています。
――最後に、これから挑戦したいことを教えてください。
ライターとして独立して5年ほどが経ち、取材・執筆だけでなく、お仕事の幅やジャンルも広がってきました。“黒子”の役割が多かったこれまでと異なり、オフラインのイベント企画や運営、登壇(MC)や企業のアンバサダーなど、自分が表に出るお仕事も増えています。

今後コミュニケーションや広報、コンテンツ制作に関する戦略立案、記事制作やイベント企画などの実務全般など、“人と人、企業をつなぐ架け橋”のようなポジションを担いたいですね。

また、大学院に進学したいという気持ちも出てきました。改めて社会課題領域に関して学術的に学び直し、何かしらの形で社会に還元できたらいいなと考えています。ひとつの記事で社会は変わらないかもしれない。それでも、私なりの形で届けていきたいです。
ありがたいことにご指名でいただく案件が増え、ひとりではお引き受けが難しくなってきたのも事実です。今後のライフイベントも見据えて、法人化も視野に入れ、仕組み・体制づくりを行っているところです。
社会を変えるには時間がかかるし、自分ひとりですべてを成し遂げようとするのは難しい。だからこそ、これからは信頼できる仲間たちと一緒に新たなキャリアの目標に向かってチャレンジしていきたいですね。

取材の最後に、「まずは半径数m以内の人が幸せになってくれたらいいなと思っているんです。それが、結果的に社会全体を良い方向に変えることにつながると信じています」と照れくさそうに話してくれた彩さん。
ライティングスキルはもちろんのこと、原体験にもとづいた強い想いが、彩さんを突き動かしているのが印象的でした。
関心ある分野で記事を書き、読者に影響を与えられるようになりたいライターにとって、ヒントになるお話が多かったのではないでしょうか。本記事が、ライターとしてのキャリアを広げていきたい方々の参考となれば幸いです。

